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夏を過ぎ、もうすぐ初秋を迎えようとしていた。
まだ日中は、茹だるような暑さに見舞われる時もあったが、日暮れが訪れると途端に気温が落ちる。
半袖でも寒くはないが、蒸し暑さが無くなり、過ごしやすくなった。




「それじゃ」

「今日は、これからバイトかい?」

「いえ、違いますけど……」

小林の家の手伝いを終え帰ろうとしていると、声を掛けられた。
店先で振り返った澤村の目に映るは、弁慶の姿だった。
風呂敷包みを手に、大きな身体を少し屈めて穏やかに笑っている。

「良かったら食べてくれないか?作り過ぎてしまったんだ」

と言う弁慶だが、これは確信犯だと判っていた。

何時も手伝いの後、食事を出して貰うのだが、そう度々も申し訳ないと今日は早々に帰ろう考えていた。それを実行に移した澤村だったが、弁慶の方が上手でいて風呂敷を握らされてしまうのだった。

「何時も悪いっす」

「手伝いをしてくれているのだから、これくらいはさせて欲しい」

「でも……迷惑じゃ無いっすか?」

澤村の、暑いからと上げられている前髪へ、弁慶は手を伸ばす。
他の誰かがしようものならば、蹴りの一発くらいは確実に飛ぶだろう。しかし澤村は、くすぐったくはあったが、弁慶の大きな手を素直に受け入れた。
黒くしなやかな髪の毛を撫でられると、弁慶の持つ暖かさが伝わって来る。

「遠慮は無用。口に合うか判らないが、食べてくれれば嬉しい」

「いっつも美味い飯、食わせて貰ってます……じゃ、帰って頂きます」

頭を軽く下げた澤村は、弁慶に別れを告げて店を後にした。







ペタペタと軽いサンダルの音をさせて歩いている澤村に、ガタガタと鳴いている古めかしい自転車が近付いて来た。
思いきり握り混んだブレーキは、物凄い音を立ててタイヤの動きを止めた。

「……お前、これから帰るだけなのか?」

「あぁ。アンタの兄さんから弁当持たせて貰ったし、帰って食うだけだけど……」

「なら、少し時間をくれないか?」

「別に構わねぇけど、何かあんのか?」

店の配達で使っている自転車を漕いで追いかけて来たのは、さっきまで話していた弁慶の弟・純直だった。
ティーシャツにジーンズ、足元は『ジャパニーズサンダル』とでも言うべきか、雪駄を履いていた。

「もし良ければ……その、何だ……あの……」

部活中、容赦なく檄を飛ばす口調は何処へやら。小林は口籠り、続く言葉が出てこない。否、出せずにいた。
皆目見当の付かない澤村は、焦れったい小林を思いきり蹴り飛ばそうとした時、息が止まるかと思う事を口にしたのだ。

「川辺の風が気持ち良いんだ。一緒に行かないか?」

デートとは言えない堅物の小林の、精一杯の誘い文句だった。
澤村は、すぐにその言葉の意味するものが理解できなかったが、弾き出した答えに狼狽え、紅くなる。そして、小林の顔を真っ向から見れず、背けてしまう。
澤村の行動を、これまた紅くなっている小林は見詰めていたが、顔を反らされた事に落胆する。

「わ、悪い……聞かなかった事に……」

「――――出来るか、バカヤロー!!責任取れっ!!」

早々に引き上げようと負けを確信した小林が自転車を漕ぎ出そうとしていると、澤村は怒声を上げ荷台に飛び乗ってきた。その上に立ち、運転者の首に腕をしっかりと巻き付け、しがみついた。

「はっ、早く行けよ!!恥ずかしいだろっ!!」

「――――あっ、ああ」

鼓動の高鳴りを響かせている小林の背中と、澤村の胸がぴたりと重なり合う。
しがみつかれている小林は、もう少し腕の力を緩めて欲しいとは言わず、川辺を目指してペダルを力一杯踏み込んだ。




「とおく」
20120607





遠くまで二人でデートして欲しいなぁ~と思いを込めて。
昔々、自転車に乗っている二人を書きましたが、展開は似てるはずです(笑)
立ってるか、座ってるか位の差ですが…今の桜岡の書く話、として受け止めて頂ければ幸いです。


あ~恥ずかしい。


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