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『熱い、冷たい』
 
 
しょっちゅう来るわけでは無いが、来れば来るほど、見れば見るほど、金持ちの象徴のような屋敷だと草薙京は、そそり立つ鉄門の前で溜息を吐く。
てめぇが住んでるマンションで良いだろう、と愚痴たいのは山々だったが、特別な日だけに仕方ないかともう一度溜息を吐き、インターフォンのボタンを押す。
どなたですかと女性の声で機械越しに問われ、氏素性を言えば直ぐに鉄門が自動で左右へ開き、屋敷中からメイドがやって来る。
呼び付けた癖に本人が出迎えないのかと、目尻と口角を引き攣らせた京は、手にしている物を焼き消してしまいそうになったが、ぐっと堪えた。
メイドに先導されなくても、この家の勝手を判っていたが、特別な日に呼び出されたが故、大人しくその背を見詰めながら後ろを歩いた。
 
 
広間からテラス、そして初夏の光浴びる庭には大勢の招待客が、食事や飲み物を手に、またはソファや木陰のベンチへ腰掛け、好き好きに談笑していた。
来るべきではなかったと後悔するも、年に一度くらい我が儘を聞いてやると微々た優しさを見せたのは、自分だったと苦笑いする。
場違いの甚だしさに京は、手のものを擦り付けさっさと帰ろうと姿を探すが、あのど派手な金髪が見当たらない。
テラスから庭を見回し、中へ移動し広間も見たが、どうやらここには今、居ないようだ。
客ほったらかして何やってんだ?と苛々していると、京の存在に気付き始めたか、周囲がざわめき出す。
気付かれたくないのに、金髪の隣に居るだけで否応なく目に付き、そして人々の記憶に残ってしまう紅蓮の焔を纏い、操り闘う草薙の継承者。
同じチームを組む大門五郎と共に、騒がれたくない、地味に静かにして居たいと常々思っているのだが……
 
「駄目だ、耐えらんね……台所へ行ったら、誰か居るだろう」
 
視線とざわめきを不快に思い始めた京は、広間を出て誰もいない廊下を歩き、台所と口にしたキッチンへやって来た。
そこにいたメイドに声をかけ、手にした箱を渡し、冷凍庫で保管して貰うように話す。
今日の主役が、一息吐いた時にでも食わしてやって欲しいと伝言し、帰る旨を伝えれば、メイドは引き止めを試みる。しかし頑なに良いと手を振れば京の申し出を尊重し、メイドはエントランスまで見送ると先導を始めた。
彼女達の仕事だから仕方ないかと諦めた京は、またその背中を見ながら歩いていた。
 
「アイツ居なかったけど、客ほったらかして何やってんだ?」
 
「きっと、お召し変えだと思います。少し前に、お部屋へ向かわれていました」
 
「そ。女じゃねぇんだから、着替えなくてよろしいかと思いますが……紅丸さん?」
 
「仕方ねぇだろう、半分仕事なんだからよ。世話になってるアパレル会社のお偉方が、宣伝兼ねたプレゼントに洋服や着物、作ってきたんだから」
 
メイドに礼を言い、その役割を変わるために、屋敷の息子で今日の主役である二階堂紅丸が、上階から降りて来た。
闘うときは金色の髪を、守護の雷を纏って逆立てているが、今は降りているそれを後頭部で束ねて紫の紐で括り、結び目に一輪のカサブランカと数本のカスミソウが挿してある。
女物のように見える緋色の着物に銀糸で織り込まれた花吹雪、漆黒の帯を締めている紅丸は、これも宣伝塔の役目なんだと苦笑していた。
 
「しっかし派手だな……これ以上、近寄んじゃねぇぞ、紅丸」
 
「つれないなぁ京……だから仕事なんだってば、半分。あそこにいる人達さ、着飾ってるじゃん? 招待状には普段着でって書いたのに、あれだぜ? もう目の前にいる京が、普通ですっごい落ち着くんだ」
 
「だいたいなぁ、てめぇの誕生日祝いの会を、てめぇで開く奴がい──居たな、はい、目の前に居ました」
 
「はぁー……やっぱ落ち着く。こんな砕けた口調で喋れんのと、この何時もと変わんない出で立ちに、癒される」
 
「嫌みかよ。渡された招待状なんて中身、見てねぇし、お前が来い来いっつーから来ただけだ。顔も見たし、あの中には混じりたくねぇから、帰るよ。見送り、ご苦労さん」
 
仕事上プラス女好きで人当たり良い紅丸だったが、こと、この草薙京に素っ気なくされたり、つれなくされたりすると一気に精神状態が真っ暗になる。
元々少し垂れた目尻を更に下げ、着物の袖を指先で弄り、帰らないでくれと蒼い目を潤ませていた。
強請られる事など、今に始まった事ではない。
しかし花を纏い、綺麗な着物に、恐ろしく整った顔に何時もと違うものを感じた京は、両手を腰に当て、盛大に溜息吐いて呆れていた。
因みに京も、紅丸に言わせればモテる顔してる癖に、すぐに威嚇の表情をするものだから女が逃げる、と宣うくらい、格好良いのである。
さておき。
まだ誕生日の祝い一つも言ってないなと、日頃つっけんどんな京だったが、今日ぐらいは甘えさせてやるかと紅丸に、部屋へ行っていろと階段を指差す。
部屋に追い払い、その間に帰ってしまうのか?と言う体を、言葉無くする紅丸の耳朶を引っ張り、言うことを聞けと命令した。
 
「良いか、部屋から出てくんなよ! ちょっと預けたもん、取ってくる」
 
「あ、うん……判った……」
 
何て面、するんだかと苦笑いして、帯の巻かれた腹を手の甲でトントンと叩き、すぐ行くからと言い聞かせて京は、キッチンへ再び戻って行った。
 
 
──コンコン、コン。
勝手知ったる二階堂家の、紅丸の部屋の前、京は扉をノックして開かれるのを待つ。
中で暴れているのか、ドタバタとしている様が手に取るように判る音と、慌てて上擦った声で中から返事をした紅丸は、扉を少し開き顔を覗かせた。
 
「何やってんだ?」
 
「ごめん……京がなかなか部屋に来なくて……いてっ!!」
 
帰らないと言っただろう!!と京は、信用ならないのかと怒り心頭で、黒目をつり上げている。
その表情に萎縮する紅丸を殴り、しっかりしろと更に怒って見せていた。
本当に。
この色男は、何をそこまで怯えるのだろうか。
それは自分にだけだと知っている京は、綺麗にセットし花を添えられた金髪を撫で、紅丸を押しのけ部屋へ入った。
 
「ごめん……」
 
「もう謝んな。ほら皺にならないように気を付けて、椅子に座れよ」
 
「京みたいに着物、慣れてないから……ありがとう」
 
「確かに。少し崩れてる、ちょっと立て……良し、直った。またこれから下、行くんだろう?」
 
「この着物見せたら、最後。毎年の事だから開いたけど、今年は京が目の前に居てくれる確証あったら、しなかったのになぁ」
 
「はぁ? なんだそれ!?」
 
「だってさ、誕生日に惚れた人と一緒に居るの、良いじゃん」
 
「何だかんだ言って誰かさん、しょっちゅう俺に絡んで邪魔しに来て、鬱陶しいんだけど?」
 
──絡みたくなるじゃん、惚れてんだから。
紅丸の着物を整えてやり、着崩れないように椅子へ腰掛けさせた京は、萎れている癖に饒舌でいる男の頬に、持ってきた物を押し当てた。
冷たいっ!?と蒼い目を丸くして驚き、ぽかんと開いた口内へ、小さな木製のスプーンで掬ったそれを、差し入れる。
それは、京が持ってきた紅丸への誕生日プレゼント──コンビニエンスストアで買った紙カップ入りの、何の変哲もないバニラアイスクリームだった。
京の部屋や紅丸のマンションで良く食べる、二人が美味しいと気に入っているもの。
階下では豪華で煌びやかな世界が広がっているのに、この部屋はシンプルで安価な、二人だけの甘くて優しい世界が出来上がる。
 
「美味いか? もっと食う?」
 
「ん……冷たくて美味しい、いつもの味。京が食べさせてくれるなら、もっと食べたい」
 
「行かなくて、良いのかよ?」
 
「意地悪言うなよ、自分で誘ってる癖に……でも、待ってるって約束してくれるなら、行こうかなぁ」
 
「バカが……」
 
椅子へ腰掛けている紅丸が開く口へ、正面に立つ京は雛鳥に餌を与えるが如く、掬ったアイスクリームを差し入れ、食べさせていた。
結局、ひとつ食べ終わった頃に重い腰を上げた紅丸は、プレゼントありがとう、行ってくると言う。
そして我が儘聞いてくれた京を、皆に見付からないように裏門から帰えそうとしたが、不損にして尊大に椅子へ腰掛けた。
 
「あれ? 見送りに……」
 
「いらねぇ。待っててやるから、さっさと下、行ってこい」
 
「──あ、あぁ!!」
 
京の待っているの言葉に、招待客が絶対に見ること無い華やかな笑顔をして、行ってくると部屋を出て行った。
紅丸を見送り、大きく息を吐いた京は、半分溶けているだろう未開封のアイスクリームを、照れで熱くなった頬へ当て、冷やしていた。
 
 
20190607
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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