色々と語っております・・・
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『告白』
三年生が引退し、今は二年生、一年生が一丸となり、試合や練習に精を出している。
秋から冬になろうとする、十一月の終わり。
日の出、日没は夏とは比べものにならないくらい短く、成瀬が帰る頃には、外は既に真っ暗だった。
「はぁぁぁーっ。今日も疲れたーっ……帰って寝るぞ!」
「煩せぇよ。それだけ声、出せんならまだ、走れるんじゃね?」
「お腹空いてるから、無理、走れないっ!」
部活動の練習で疲弊し、泥の中に埋もれたように重い身体を引きずり、のろのろ歩いている成瀬と澤村。
早く帰りたくても、帰れなくて。だけど口だけは達者で、いろんな事を話ながら校門をくぐり抜ける。
「じゃあな、また明日」
「あれ帰り道……羨ましいなぁ」
「な、なんだよ……あ、そうか。悪ぃ」
「ううん、良い。判ってる事だし……じゃあね、また明日!」
成瀬はひとりで駅へ向かい歩き、本来一緒に駅へ向かうはずの澤村は、校門で足を止めた。
大技を繰り出す癖に、存外小柄な後ろ姿を見詰めて、あとでやって来る先輩を待っていた。
☆
「判っている、そんなの全部判ってる。だけど今日……誕生日なんだよね」
とぼとぼと歩いている成瀬の、落ち込んだ表情が、家の明かりで照らし出されている。
顔を上げれば、温かそうな家族模様が目に映り、すぐさま視線をそらせて早歩きをした。
せかせかと歩いていると、額に汗がじんわりと浮いてくる。立ち止まれば、凛と冷えた空気が成瀬を包み、あっという間に汗が引いてしまう。
空気が寒いのと、自分自身の心が侘しいのとで、大きな黒目にうっすらと涙が滲む。
ここで泣いていても、どうすることも、どうなるものでもない。
ぐず、と鼻を鳴らして、風の冷たさが染みて涙が浮いた振りをし、制服の袖で目を擦る。
今までまちまちだった明かりは、駅について煌々として成瀬を包んでくれた。
「学校で一瞬会えたし、誕生日メールも送って、ありがとうメールも貰った。これだけでも良し……に、しなきゃね」
駅舎に入り、定期券を使って改札を通り抜けて、ホームへ上がる。
列車はまだ本数があり、寒くはあったが数分待っていると、すぐに帰る方向の列車がやってきた。
ゆっくりとホームへ進入してきたそれは、ぴたりと成瀬の目の前で止まった。
プシュッ、と空気を吐き出す音をさせ、自動ドアが開けば、中から降りてくる人を待ち、動きがなくなれば成瀬は車両の中へと入る。
ちょうど帰宅する人並みがある時間で、部活動の大きなバックを持つ成瀬は、邪魔になると上の棚に上げようと持ち上げたとき、ふっ、と軽くなり、驚いて後ろを振り返る。
「列車に乗り込むところが、見えたんだ……お疲れ様、成瀬」
「あ──ありがとうございます。桜井さん、今日、遅くないですか?」
「少し先生に、進路のことで質問があったんだ。相談にも乗って貰ってたら、こんな時間だ」
偶然、成瀬に会えたから、残っていたのも良かったかな、と笑いながら側に立つ桜井だった。
出発のベルが鳴り、列車がゆっくりと動きだし、そしてスピードを上げて幾つかの駅を通り越してゆく。
割合と大きな駅に止まる所為か、人の流れが大きく、成瀬や桜井が降りる駅まではまだ少しあった。
今、隙間なく人が車内に乗っていて、成瀬が潰されないように桜井が盾になり、自動ドアへ手を付き、守っていた。
「桜井さん、俺、大丈夫ですから。
腕、痛めてしまいます」
「俺はもう、部活をしていないんだ。少しくらい平気だから、気にするな。お前は試合も控えている、大事な身体だからな」
頭一つ大きな桜井は、成瀬を見下ろし、眼鏡の奥にある優しい目を、細めて見詰めている。
男らしくて、格好良くて、優しい……自分を大切にしてくれる桜井を、人ごみの暑さでではない、真っ赤な顔をして成瀬も見詰め返す。
ガタン、と突然、大きく揺れた瞬間に後輩は、勇気を振り絞ってどさくさ紛れに先輩の、大きな胸に抱き付いていた。
「な、成瀬!?」
「ごめんなさい、少しだけ……桜井さん、お誕生日おめでとうございます……大好きです……」
「うん、知ってる……良かった、今日会えて……ありがとう、成瀬」
次に停車すれば、桜井とは別々の電車へ乗換、また明日──となる。
成瀬は、こうして守ってくれている姿を見て、こんなことを思い付き、行動してしまったのだ。
会えないと思っていた大好きな人に、こうして偶然会えたのだから嬉しくて、大胆になってしまい、恥ずかしくて顔を俯けてしまう。
抱き付いている成瀬の身体へ、急いで腕を回して強く抱き締め、そして棚から荷物を取り、降りる準備を始める。
電車が停車し、成瀬と桜井の前にある自動ドアが開き、人の流れを止めないようにさっさと車両から降りた。
「成瀬、ありがとう。今度、甘いものを食べに行こう……な」
「は、はいっ! 桜井さん、あの……さっきは迷惑じゃなかったですか?」
「迷惑な訳、ないだろう? 大胆で驚いたけど、嬉しかった」
「──っ!! お、俺っ、帰りますっ、お疲れ様でしたっ!!」
また明日に……そう言って軽く手を振る桜井は、仕出かした事に恥ずかしくなった成瀬の、人ごみを避けて走り、小さくなる背中を見送っていた。
20191120
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