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「すまない。弟が師範に呼び出されて、道場に行ってしまった」

「あ、全然良いっすよ。俺は、店の手伝いしますから」

生活が苦しくなるとつい昼食を抜く事が増える澤村は、良く部活で倒れている。と言うより、体よく練習に参加しない理由にしている。
成瀬が見かねて小林に耳打ちするせいか、上手いタイミングで『店の手伝い』に誘われる。
悪いとは思いながら、それが小林の不器用な優しさなんだと澤村は切なくなり、受け取ってしまう。
バイト代が出る訳ではないが、食事を一緒にするのが報酬だった。
親と離れて暮らす澤村には、本当の家族の様に接してくれる小林家の暖かさが嬉しくもあった。






仕事で頼まれた配達を数件、かなりの重さの品物を、細腕の澤村は手際よく捌いて行く。
鍛える一環だと、きちんとした姿勢を保って荷を上げ下げする。そのお陰も有るのか無いのか、腕力と背筋力が付いてきた。
少しずつ地味な鍛え方ではあるが、体力の維持が貧弱な澤村には良いことだった。

「正博君、道場に行って来てくれないか?」

「どうしたんですか?」

「流石に朝一番で呼び出された弟も、へばる頃だろう。これを師範に渡して、連れて帰ってきてくれ」

渡された物は、風呂敷に包まれた重箱に一升瓶。
どうやら作りたての惣菜や寿司が詰まっているそうだ。それを摘まみながら一杯酒を頂いて貰おうと言う算段らしい。
それと引き換えに弟を免除してやって欲しいとの、兄の考えである。
しかし、澤村もこの師範を見知っているだけに、これだけで放免して貰えるか否か、不安であった。

「俺まで巻き添え、食らったりして」

「多少は……すまないが、覚悟をして欲しい。部活、部活で師範が寂しそうにしていたからな」

「ははっ。負けないように行ってきます」

小さい頃から小林兄弟の剣を見てきた師範だからこそ、何時まで経っても幼い頃のままでいるのだろう。
ついつい構いたくなる、そんな気持ちなのだろと澤村は感じていた。
手渡されたものを古めかしい自転車に積み込み、サンダル履きの澤村の足はペダルを踏む。
ギシギシと油の足りないチェーンを回し一路、小林家の次男坊を迎えに向かった。








案の定。
小林家長男坊からだと手渡されたものに師範は喜んでいたのだが、板張りの道場に寝そべり返っている小林家次男坊と共に
澤村は、暫くしごきあげられたのであった。




「けいこ」
20120521



これ書いてると多分、短編ぐらい行きそうなネタになってきたので、ここで締めさせて頂きました。苦笑。

我が子同然に可愛がってきた次男坊を部活に取られ、少し面白くない師範。
澤村が同じ部活に居て、尚且つ酒屋を手伝っているのは、次男坊をいたぶる(笑)のにちょうど良いネタで……ちょくちょく呼び出しては、二人をシバいてます

まぁ、かくしゃくとしたジイサンと思ってください。
次男坊は、部活と澤村と言う存在で少し変わったな、とは勿論気づいていましてよ(笑)


ちょっと補足が長くなりましたが、アットホーム的小話でした。







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