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君と歩幅を合わせて、一歩二歩。
君と鼓動を合わせて、一つ二つ。


君との円舞曲、永遠に。









「……要らねぇよ」

「そう言わずに」

「濡れて帰れば良いだけじゃん」

「期待のルーキーに風邪なんて引かれたら、主将は困るだろう?」

「るせぇ! 黒幕!!」

一本の傘を間にして、睨み合いをする期待のルーキー・澤村と、黒幕・桜井の姿が部室にあった。
思いがけずに降り出した雨が、渇いた大地を濡らし、緑に潤いを与えていた。
そんな中、自分も潤うつもりか澤村は、厚意で差し出した桜井の傘を、素直を受け取ろうとはしなかった。
彼に、借りを作ることが非常に嫌で(今まで散々な目に遭っていると言う理由込みで)、目の前にある傘を無視して部室を出ようとする。
行き過ぎようとする澤村の、細身の肩を桜井は、大きくある手で掴む。そして、自分の方へと身体を向けさせた。

「離しやがれ」

「すまん、痛かったか?」
「帰ろうとしてるのに、引き止めてんじゃねぇよ」

肩を捕んでいる手を叩き落とし、幾分背の高い桜井を一瞥して澤村は、踵を返す。
これは言う事を聞かないな、と溜息を付いて頑ななその背中を見送ろうとした。
その時。
部室のドアの辺りで出会い頭をしてしまった澤村は、息を飲み顔を引き攣らせる。

「あっ、ゴメン!! 大丈夫?!」

現れたアホ面に、桜井が部室に居た訳を悟った澤村は舌打ちをした。
ドアの向こう、アホ面と称された成瀬は降りしきる雨を背に、目を白黒させている。しかし、意外な所で冷静だったか、澤村が傘を持っていない事に直ぐさま気付き、手にしていた傘を差し出した。

「……んだよ」

「傘、無いんでしょ?! これ使いなよ」

「俺から借りるのが嫌なら、成瀬から借りれば……良いかな?」

含み笑いをする桜井は、澤村の図星を突いてやる。案の定、怒り心頭で鋭い視線を背後の黒幕にくれた。
今にも噛み付きそうなその剣幕に、まぁまぁ、と手を振り宥めるが、それは火に油を注ぐようなものだった。
桜井が発した言葉への怒りは、目の前で変わらずアホ面を晒して、傘を差し出している成瀬へと向けられた。

「てめぇが余計な事を言うから、オレのムカつきも最高潮になんだよっ!!」

「何でさっ?! 傘が無いみたいだから貸そうか?って言っただけじゃん!!」
「勝手に世話、焼いてんじゃねぇ! それに、傘をオレに渡したら、てめぇはどーすんだ!!」

怒る澤村の声を散々に浴びせられた成瀬は、すっ、と指をロッカーへと向けて笑った。

「俺、置き傘あるから大丈夫なんだよねー」

置き傘、とは本人言っているが、単に持って帰るのを忘れて貯まった物がロッカーの中に鎮座しているだけだった。
はい、と手にしていた傘を澤村に握らせた成瀬は、置き傘を取ろうとロッカーへ近付いた途端……

「良かったな、澤村。濡れずに済んで……気をつけて帰れよ」

「ちょっ、ちょっと桜井さんっ!! は、は、離して下さいっ!! 傘、傘!!」

そんな物は必要無い――――
桜井は、口許は笑いつつ、目は言葉を発して成瀬を見据える。
ロッカーへと近付けないように牽制し、先程まで睨み合いの原因になっていた傘を引き掴む。そして、成瀬の腰へ腕を絡め、強い力で引っ張った。
悲鳴を上げているのもお構い無しに桜井は、アホ面した後輩を連れて部室から出て行ってしまった。

「要するにあの黒幕は、相合い傘したかったんだな……」

――――オレを、巻き込んでんじゃねぇよ。
傘を握らされたまま部室で一人、唖然とも憮然とも付けがたい表情を浮かべる澤村だった。



※※※



気を取り直し、無理矢理貸し与えられた傘を手にした澤村は、部室を出る。
空からは、未だ降り続く雨粒がポツリポツリと落ちて来ていた。
駅までの距離を歩けば、この雨量なら完全に濡れてしまっただろうが、傘のお陰で助かったと呟いた。
緑色したチェック柄のそれを開けば、水滴を弾いてくれる傘の花が咲く。
水溜まりがたくさん出来て、ぬかるむ道を歩いて行く澤村は、傘も差さずに歩いている背中を一つ、見付けた。

「この雨ん中、大変だねぇ」

こう言うが澤村も、手の中のものが無ければ、前を行く人影と同じ目に遭っていただろうに。
擦った揉んだした挙げ句の傘を手に、濡れずに済んでいる事を棚上げするのだった。




雨に煙り、ぼんやりとしていた背中が徐々に輪郭を捕らえて行く。
それは――――嫌でも見知った人間の背中だった。
真っ白なシャツは、雨を吸い込み肌へと張り付き、姿勢の良い彼の背骨を浮き立たせていた。
結ばれた後ろ髪から雫が落ち、跳ね上がっている筈の前髪は垂れ下がり、濡れそぼっている。
髪を伝い肌を伝う雨は、粒となって水跡を残し、滑り落ちていた。
その様を、澤村は後ろから声を掛けることなく眺める。
雨に濡れて酷い有様なのに、何処かしら綺麗でいる彼の姿を……
根暗で時代遅れで、侍扱いされている見知った人間――――雨の中に在る小林の姿を暫し、見詰めてしまうのだった。



※※※



もう、これだけ濡れてしまえば、後は開き直るのみ。小林は雨の煙る中、ぬかるんだ校庭を歩いて行く。
水溜まりに足を掬われそうになりなるも、ゆったりとした歩調で一つずつ進む。時折、足を止めて空を見上げていた。
天から落ちて来る雫を自身の肌で受け集め、伝い落ちる感触を何処か楽しんでいるようだった。
ふわ、と笑って見せる小林の表情を、少し離れた場所から澤村は、傘の花の中から見詰めていた。
水玉が彩る所為なのか、仏頂面しか見せない普段の面持ちからは、想像し難い柔らかな表情に、とん、と心臓が跳ねる。
水面を打つ雨粒が波紋を描く様に、澤村の心にも淡い彩した波紋が描かれて行く。
頭の芯に熱を生み、煙る視界が更に霞む。




「……ぐず……っ……」

ぼう、とした澤村の思考を現に戻したのは、小林のくしゃみだった。
勢い良く発せられたそれは、雨音を切り裂く。
音のした方へ目を向けてみれば、鼻頭の辺りを指先で擽っている姿があった。
澤村は一瞬、目を丸くしたが直ぐさま小さな笑みを零す。

(色男、形無しだぜ)

胸の内だけで悪態付く素直でない澤村は、小走りで前を行く小林に迫る。そして、手にした傘を彼の頭上へ翳した。

「さっ……?!」

「あんた主将だろ? そんだけ盛大に濡れてさぁ……風邪でも引いたらどーすんだよ」

「だっ……大丈夫だ。それ程、柔には出来てない」

「さっき、くしゃみしてたの……だーれだ?!」

天から降る雨が突然、自分の頭上から無くなり驚いた小林は、隣に現れた影を見る。そこには、人の悪い笑顔をした澤村がこれ以上、小林が濡れてしまわないようにと傘を掲げて立っていた。二重に驚く小林に、口の端を持ち上げて笑みを増幅させる。

「あんたに休まれたら、みんなが迷惑するからよ……入れてやる」

「それでは、お前が濡れてしまうだろう!」

「じゃ……」

澤村は、小林の濡れている腕を掴んで自身へと引き寄せる。
またまた驚いてしまった小林は、腕を取り上げようとしたが許されなかった。自由の効かないその手に、澤村は握っていた傘の柄を掴ませる。そして、逆に自由になった澤村の指は、濡れて肌に張り付いている小林の、シャツの袖を軽く抓む。
小林の身体は、雨に濡れ体温が少し下がっているように感じられた。
澤村の、シャツを抓んでいる指先が、そう教えてくれる。しかし、澤村の持つ熱が、触れ合った場所からじわりじわりと、小林の身体へ浸透して行く。

「あんたがオレを、雨に濡れさせないように……傘、さしてくれよ」

少しだけ背の高い、驚き通しの小林を見上げた澤村は、先程とは打って変わり虹をも思わせる鮮やかな笑顔をしていた。
――――判った。
そう答えた小林と、歩幅を合わせて歩き出し……伝わり合う鼓動を合わせる澤村だった。





雨のワルツ
20100905






遅くなりましたが~澤村誕生日小話です。


いやぁ~最後に相合い傘(今、言わない?!)させたいが故に……が、最初にサクナル出ちゃった、いや主に黒幕(笑)頑張ったから長くなった…

ちょっと説明文チックなんが大量発生して、読みづらくてすみません…
でも、雨んなかに佇む小林さんは綺麗で素敵なんだ!それが書きたいんだ!と妄想劇場した桜岡の所為なんです。
でも、文章能力ゼロなんで全く表現しきれてないと…思う。くすん。



遅れましたが、澤村の誕生日のお祝いに…!!
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