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茹だるような暑さに、体力バカのあだ名が付いている成瀬でも耐え切れず、体育館のど真ん中で倒れてしまった。

「おいっ、しっかりしろっ!!大丈夫かっ!!」

「あまり揺さぶるな、澤村。そのまま床へ、ゆっくりと下ろせ」

「あ……ああ……」

間違いなく頭を打ち付けたと予想させる音で、成瀬の周りにいた部員達は目を丸くし呆気に取られていたが、直ぐさま駆け寄り騒ぎ始めた。
その中でも一番近くにいた澤村は、普段なら絶対に触れる事も嫌がる筈なのに、大量の汗で濡れている成瀬の身体を抱き起こし、真っ青な顔をして動揺していた。
それはそれは、倒れたまま成瀬が何処かへ隠れて終うのでは無いかと言わんばかりの、ポーカーフェースが売りの澤村にはあるまじき動揺だった。

「大丈夫か?」

「……」

「小林は、取り合えず澤村の面倒を。馬呉と俺で保健室へ運ぶ。後のメンバーは水分補給をして、外の風当たりの良い場所で休憩をしておけ。例にするのは可哀相だが、成瀬の様になるぞ」

無言で硬直している澤村を小林に託した桜井は、的確に指示を出し今川が持って来た担架に気絶したままの成瀬を乗せる。
運ばれて行くその姿を心配そうに見送った残りの者は、言われた通りに体育館の外で皆、休憩を取るのだった。





「保健室、閉まってるってあるか?!」

「急な会議だそうだが……」

こんな時に限ってと、担架を担いだ二人はぼやき始め、付き添いながら成瀬の身体を冷やしていた今川は、何処か寝かせられる場所は無いかと思案を始めた。
部員の中では小柄で体重もそれほど重くない成瀬でも、やはり二人で抱えたままでは腕も疲れてしまう。
限界では無いが、早く横にして落ち着かせてやりたいと思い、桜井と馬呉も思案する。

「用務員室くらいしか、無さそうですね」

「しかし、あそこは昼間、誰も居ないから蒸し風呂だぞ、多分。職員室だな、後は……」

「職員室は、人の出入りが激しい……それならいっそ、外で風がなるべく通る木陰の方が、良くないか?」

保健室が使えないと言う非常事態に、各々が出した答えに上から上から意見と問いを重ねた結果、桜井が提案したものが最良かと馬呉と今川は頷く。
頬を軽く叩けば意識はあるらしく、薄く目を開けて謝罪の言葉を零す成瀬に、確認の為に起こしてすまないと桜井は笑んで言う。すると安心するのか、必死で笑い顔を作っていた。

「気分が悪くなったら我慢するな。正直に言えよ」

「……は……ぃ……」

頭上から聞こえた馬呉の声にも返事をきちんとし、成瀬の瞼はゆったりとした動きで閉じられた。
健気で律儀な成瀬らしいと三人は、少し落ち着いた様子の彼を見詰め、声を出さないように小さく笑う。
しかし、現に倒れたのだから油断は禁物、専門的判断も出来ずままだが一先ず、きちんとした床面に寝かせてやろうと、桜井の提案した木陰へと移動した。






**




「……暑さの所為もあったが、腹が減ってぶっ倒れただと?!あー?!」

「らしいぞ……ま、そんな所が成瀬だから許してやれ、澤村」

苛立ちを露わにした澤村は、この上なく恐ろしい形相で指先を卓上に打ち付けていた。
桜井の横で、身体を小さくしている成瀬は、申し訳なさそうにその形相を伺っていた。
何時、雷が落ちて来るかも知れないと、背中の窪みに冷や汗を流しながら。

「はぁ……仕方ねぇなあ、全くよ」

両手を軽く持ち上げ、やれやれとした態度を見せた澤村は、成瀬の額を小突いて許してやることにした。
心配させんじゃねぇぞ、としっかり釘を刺し帰って行った。

「本当に……心配させないでくれよ、成瀬。澤村や皆と同じで、俺も勿論心配したんだからな」

「……はい……」

澤村の動揺が一番凄かったのだと桜井は、つい先程まで自分の膝枕で気絶していた成瀬に言う。
他人の事には全く興味を示さない筈のあの澤村が、そんなに心配してくれていたのかと感慨深げに頷き、目を潤ませていた。
それを宥めようと桜井は、閉まった部室のドアを一点に見詰めている、成瀬の頭を撫でてやった。







暑さで疲れていることもあったのだが、急激に襲ってきた空腹感に耐え切れず目眩を起こしてしまった成瀬は、そのまま床へと倒れ込んでしまったそうだ。
身体に力も入らなくなり、一指たりとも自らの意志では動かすことも出来ず、そのまま意識は深い所へと落ちて行ったと言う。
遠くから声が聞こえたと話し、うろ覚えで返事をしてたかも知れないとの口ぶりに、桜井は担架で運んでいる時だったのでは無いかと教えてやる。

――――そして、次に気が付いた時は、桜井の膝頭を枕がわりに、風の流れる木陰で寝かされていたのだ。

起きぬけの目を擦り、霞んだ視界が鮮やかになると、アップで現れた先輩の顔に驚き立ち上がろうとしたが目眩の所為で叶わず、そのまま膝を借りて暫く身体を横たえ大人しくしている他、無かった。
心配をして世話をしてくれるのは有り難いと思うも、過剰なまでの桜井の構いっぷりに成瀬はたじろぐ。
水を勧められ素直に欲すれば、身体を抱き起こしわざわざペットボトルの口を宛がい飲ませようとする。
大丈夫ですからと遠慮すれば、残念そうに肩を落としている桜井の姿があった。しかし諦めの悪い先輩は、ペットボトルを後輩の手から奪い取り一口含んで顔を近付けて来た。
膝の上に乗せた身体をがっしりと抱え込み、危険を察して悲鳴を上げようと成瀬が口を開いた瞬間、それは塞がれてしまう。吐き出せなかった声は、桜井のもたらした水と共に体内に流し込まれて行くのだった。

「……ふぅ」

「どうだ?潤ったか?」

「自分で水くらい飲めたのに……」

目尻を吊り上げて膨れっ面をした成瀬の顔を指で突き、元気になったなと桜井は笑う。
それに釣られた成瀬も、表情を緩めて声を出して笑った。
元気が戻ったその様子に一安心したが、念の為に病院へ寄って帰ろうと言う。すると、成瀬は両手を勢い良く振り、一人で帰れますと立ち上がった。
ふらつく足元を叱咤し、気合いを入れて体育館へと足を向ける。
夏の終わり、日差しは強いが秋の始まりを告げる赤とんぼが、風に乗りすいすいと飛んで来た。
良い止まり場所を見つけたのか赤とんぼは、成瀬の頭に足を下ろして羽休めをするのだが、首を左右に振った所為で驚き、飛び立って行ってしまった。

「そんなに頭を振るんじゃ無い!倒れたんだぞ!!」
「違うんです!!暑かったけど……暑さで倒れそうだったけど……」

――――本当は、腹が減りすぎて気絶したんです!!
成瀬の叫びに衝撃と失笑を食らった桜井は、彼の肩を揺さ振っていた手から力が抜けると同時に、足元から崩れ落ちた。
呆気に取られている先輩の前で座り込み、頭を深く下げて謝り続けたのだった。






「今度からは、腹が減って倒れそうな時は言うこと」
「すみませんでした」

「でも、この暑さだ。もしも、があるから一応これから病院へは、連れて行くぞ」

「……はい」

「ま、それが終わったら『なかや』で何か食べて帰ろう」

「……はいっ!!」

先程まで澤村や皆、此処にいる桜井を凄く心配させた事に落ち込んでいた成瀬も、食事の話が出るや否や明るい顔を見せた。
現金な奴だと思うがこれも持ち味だと、もう一度髪を撫でてやり、早く病院を終わらせて食事に行こうと桜井は、成瀬の荷物も担いで部室をさっさと出て行ってしまった。
直ぐさま成瀬は、自分の重い荷物を持たせてしまったと、桜井の背中を追い掛け、追い付こうと部室を飛び出したのだった。




残暑
20110918







ずっとチマチマ書いていたものを、今日のイベント最中にも打ち続け、やっと終わりました~

8月末の方が正直、涼しかったよ!と言わんばかりの熱に襲われフラフラ~としています。



成瀬らしいかな、と思いヲチをこんな風にしてみました(笑)



しかし桜井さんは、隙あらば手出ししちゃうんだから…ま、これくらいは可愛いもんだよ、と笑って流してやってください。土下座。



駄文ではございますが、お付き合いありがとうございました!!
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